君に囁いて









逃げ出したあの日、土方くんにメールをした。実にわかりやすい嘘のメール。返事は返ってこなかった。気にはしなかった。仕方ないだろうと言い聞かした。
土方くんと話していたのは確かにミツバさんだった。知り合いと言っていた。総悟を知っている確率は高い。
土方くんからメールが来た。『いつか暇な時、会えるか?』と。逃げてはいけないと思った。どうであれ、私と総悟はもう関係ない。すべて過去。だから平気。すべてもう終わったこと。
返事を送った。金曜日ならいいと。今日は土曜日。6日間の空白。その間にはきっと、少しはケリをつけられているだろう。そんなに私は弱くはない。
言い聞かす度に、少しの虚しさが胸を掠めた。

日が1日過ぎるにつれて、どんどん気は重くなっていった。土方くんが私の過去を知ったのかはわからない。だけどきっと、知ったに違いない。だから会いたいと言ったと私は考える。
苦しいのはなぜ?知られたって構わないはず。だって私は土方くんのことを・・・・・。
―――― どう思ってるんだろう

その日は朝から強い雨が降っていた。雨が窓を叩く音で目を覚ましたぐらいだ。天気予報によれば、何やら台風が来ているらしい。警報も出ていた。学校は休みだ。
窓の外を見た。この状況でどうやって会うと決めた店に行こうか。
私にとっては都合のいい雨だった。会わずに済むならどんなに嬉しいだろう。だけど、そう。逃げてはいけない。
会うのは5時。まだまだ時間はある。雨もきっと止んでしまう。
インターホンが鳴った。出てみればそこにはびしょ濡れになった土方くんがいた。



「なっ・・・・・どっ・・・どうして?」

「警報出てたから学校休みだと思って。雨、止まなかったら面倒くさいだろうと思って。俺の都合だったから」



わからない。どういう言葉を返したらいいのか。



「ありがとう」



その言葉しか言えなくて、ごめんなさい。



「あ、どうぞ。あ、タオルか」



忙しく私は動いて彼にタオルを渡した。彼はシャワーを浴びると言った。服はどうするのかと気いたら、何も言わなかった。
雨の音に紛れて聞こえてくるシャワーの音。それを遮るためのテレビの音。乾燥機の音もする。忙しなく動き回る音たちが少しばかり疎ましい。
土方くんは一体私に何を言って、何を聞いてくるのだろう。
―――― 総悟
ふと頭を掠めた言葉。



「服まだ?」



声がして振り返る。腰にタオルだけを巻いた人がいる。



「風邪ひくよ。毛布にでもくるまってなよ」

「お前はキャーの一言も言わないんだな」



少し冷めた様子で私に言う。



「一つ下の弟いて、いっつもそんな格好だったから別に・・・・」

「へぇ、弟いんだ」



毛布を肩に掛けて私の隣に座った。



「うん。土方くんは?」

「1人」

「ぽいね」

「そうか?」



まともな会話も出来ることを知った。
私は自分の声が突然震え出しそうな気がして、言葉を返せずにいた。



「急に黙るな」

「ごめんなさい」

「謝るな」

「ご・・・・・めんなさい」

「変な奴」



ふっと土方くんが笑った。知っているような、知らないような感情が胸を締め付ける気がした。
乾燥機から終わりを告げる音がした。私は黙って立ち上がり、乾燥機のところへ行った。彼の服を取り出していた時だった。影が私を覆った。



「聞きたいことがあるんだ」



手が止まる。振り返ることはできない。怖い。声も喉でつまる。



「前食べに行こうとした時、俺の知り合いみたよな。その人のこと、知ってるよな?」



心に入ってくる、あなたが怖い。深呼吸をしてから、一度頷く。



「総悟」



身震いをした。その言葉、名前、私を縛る太くて丈夫な縄。



「従兄弟なんだ」



呼吸の仕方を忘れそうになるほどの恐怖。涙が何故かまた、出そうになる。
彼の腕が私を縛った。



「関係ないと思ってる。俺は気にしない」



気にするとか、気にしないとかじゃない。彼がどうであれ、私の心がまだ泣いている。必死に嗚咽をこぼさないように、奥歯を食いしばって泣いている。



「放して・・・」



彼の腕が束縛を止める。



「土方くんの気持ちは・・・・嬉しいと思ってる。だけど、私はどうしたらいいのかわからない。土方くんが近くにくればくるほど、押し込めた感情が現れる。だから・・・・怖いの」

「それで?」

「だっ・・・・だから・・・・その・・・・」

「そうやって一個ずつ吐き出せばいい。俺も一緒に背負うし、一緒に傷付く。信じてくれ。逃げないでくれ。俺を・・・・俺をみてくれ」



乾いた服を着て、私のビニール傘を持って、彼は帰って行った。

辞書で感情と言う意味を調べた。[気持ち]とだけ書いてあった。
気持ちを調べた。[思い]と書いてあった。
好きを調べた。

[好き]
<名・ダ>
@好ましいこと.(対)きらい
A物好き.
B勝手.→〜にしろ
C色好み.



わからない。好きという感情が。
誰のための涙だろう。誰に向けた涙だろう。
なぜ私は泣いているのだろう。
土方くんを愛しいと思ったのは、気のせいなのだろうか。








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   あとで読み返したら死にたくなったよ。
   土方のキャラがぶっ壊しぃ!!